LOT.134

井上 有一〈1916-1985〉

  • 作品カテゴリ: メイン洋画
  • 80.0×127.5cm
  • 紙・凍墨・額装
  • 左下に印 / 1962年
    / 海上雅臣シール (CR62055a)
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  • 予想落札価格: ¥5,000,000~¥8,000,000

[掲載文献]:『井上有一全書業 Vol.4 1949-1985』P89, No.62055a 掲載 (UNAC TOKYO:2024年)

〈作品について〉


 うねるような筆跡を残し、一息にかききったような「剛」は、ほかの井上有一作品と比べても非常に特殊な作品となっている。その特殊さがわかりやすく表出されているのは、やはりその筆跡、筆の毛の跡がくっきりとあらわれ、作家がゆっくりと力を込めて書いたその軌跡が紙の上に全面的に現れているという部分にあるであろう。この特殊な書の表情は井上有一の書業のなかでも非常に短い時間、1960 年からのおよそ3 年間のみに限られている。この時期に有一は「冬だけ制作する」と宣言し、「凍墨 ( いてずみ)」という独自技法に挑戦している。この「凍墨」という技法は、寒い冬の日に墨に膠を入れ、一晩凍らせた後、翌朝に墨に水をかけて書くという技法であり、この工程を経ることによって冒頭でも指摘した、うねるような筆跡があらわれるのである。
 1960 年前後の有一は母を亡くし、初期のエナメルによる技法や「愚徹」「瓦礫」などとの格闘を経て混沌の時期を迎えており、新聞紙を残したままの作品を発表したり、さまざまな技法に挑戦していた。また、過去に制作した作品の墨が割れてしまったことから、新たにボンド墨が考案したのもこの頃であり、それ以降の作品では基本的にボンド墨が使用されることになるため、本作品のような「凍墨」という技法が用いられた作品の希少性は高く、マーケットにあらわれることも稀なことである。

 書には何度も同じ箇所を書き直したり、塗り重ねることのできる絵画とは異なり、一度書いたものは書き直すことができないという「一回性」という概念がある。この「一回性」は人間の一生が持つ一回性と酷似しているといえるだろう。この一度きりの作品との対峙、或いは自己との対峙において、有一は人間「井上有一」を丸出しにし、人間を超えた宇宙空間を創出するのである。それであるからこそ、我々が有一の作品を前にすると、眼前にその姿が映し出されるようであり、有一の唸り声は私たちの心を掴んで離さないのである。