LOT.140

田中 敦子
96B

  • 作品カテゴリ: コンテンポラリー
  • 117.2×91.0cm
  • キャンバス・合成樹脂エナメル塗料・額装
  • 裏面にサイン、タイトル / 1996年
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  • 予想落札価格: ¥8,000,000~¥15,000,000

[掲載文献]:『田中敦子:知の美の探求 1954-2000』P186, No.279 掲載 (芦屋市美術博物館、静岡県立美術館:2001年)
『ATSUKO TANAKA CATALOGUE RAISONNE 2015』P442-443掲載 (Galleria Col:2015年)

【作品について】

 1932 年、大阪府に生まれた田中敦子は、1955年に吉原治良の主導する「具体美術協会」に金山明、白髪一雄、村上三郎らと共に入会する。第1回具体美術展では「ベル」、1956 年に開催された第2 回具体美術展では、電球と管球を組み合わせて仕立てた「電気服」を発表して注目を集め、この代表作ともいえる「電気服」は、その後、絵画作品として昇華されることとなる。
 キャンバスにエナメル塗料で描かれる作品の殆どは「電気服」の電球と配線に対応する円と線から成立しており、線は、筆、もしくは筆から絵具を滴らせるという技法によって描画される。キャンバスを床に置き、画家自身がその周囲を回ることで制作される目に見えない身体性をともなった即興の絵画は、国内外の多くのコレクターに愛されている。
 1996 年に制作された本作品は、モノクローム色のエナメル塗料のみで制作された希少な作品であるが、8 の字形に配置された重なる円とその円から周囲へと飛び出す線の形状などからは、MoMA ( ニューヨーク近代美術館) に収蔵されている田中の代表作「Untitled」(1964) との類似性が見いだされる。
 田中の他の多くのペインティングとは異なり、それぞれの円が平面上に並べられることなく重なり合い、大きな2 つの円を形成している。また、本来の「電球と配線」に対応する「円と線」という意味を超越し、過剰なまでに周密した線はほとんど規則性を持たず、その形状については、予め決定した形を辿っているのではなく、その一瞬一瞬にとるべき道筋を半ば無意識的に選択しているように見えるという点において、1924 年、アンドレ・ブルトンによって起草されたシュルレアリスムの「自動筆記」を思い起こさせる。
 先述したように田中敦子作品としては珍しい白と黒を基調にした作品であるが、その中間色であるところの「灰色」の使用からは「水墨画」との関連性も見いだされ、色彩の濃淡によって明暗と質感、奥行きが画面上に付与されている。
 神経細胞であるニューロンと神経情報を伝達する接触構造であるところのシナプスとの関係性のように、繋がりの数を増やすことによって成長する大胆な円と自由闊達に動き回る線は、この段階で既に平面で表現された「電気服」というコンセプトからは逸脱し、作品「96B」は不穏なまでのエネルギーをもって我々鑑賞者の心を鷲掴みにするのである。