LOT.180

勝川 春章
娘道成寺図

  • 作品カテゴリ: 浮世絵
  • 86.2×29.8cm
  • 絹本彩色・軸装
  • 左下に落款、花押 / 1783-1787年頃
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  • 予想落札価格: ¥4,000,000~¥6,000,000

[掲載文献]:『國華 第千四百四十八号』図版四として掲載 (朝日新聞出版:2016年)

[展覧会歴]:『生誕290年記念 勝川春章と肉筆美人画 - <みやび>の女性像』No.40として出品 / 同展覧会図録 P71 掲載 (出光美術館:2016年)

【作品について】

 毎年、熊野詣に来る若い僧・安珍に恋をした清姫が夫婦になると誓うものの、安珍は約束を破って帰途についてしまう。怒った清姫は大蛇になり道成寺の鐘の中に隠れた安珍を鐘ごと巻きついて嫉妬の炎で焼き殺してしまうという物語「安珍清姫の伝説」の後、鐘の無くなった道成寺は女人禁制となる。桜が満開の季節、道明寺にようやく鐘が奉納され、供養が始まる日、都から来たという美しい女白拍子が現れ、新しい鐘をぜひ拝ませて欲しいというと、女白拍子は奉納として舞を舞うことを条件に入山が許される。はじめ、金の烏帽子を付け、静かに舞い始める白拍子であったが、やがて烏帽子を取り、憑かれたように次から次へ舞を舞っていき、突然、形相を変え鐘の中に飛び込むと吊ってあった鐘が落ちる。鐘を引っ張り上げると中からは恐ろしい蛇体となった女が現れ、白拍子は実は清姫の化身であったというのが、「娘道成寺( むすめどうじょうじ)」のあらすじであるが、本作品で描かれているのは、桜が満開に咲き誇る中、烏帽子をつけて、奉納する新しい鐘の前に立つ女白拍子( 清姫の化身) である。

 明和七年(1770 年)、一筆斎文調と合作した『絵本舞台扇』や、それに続く「東扇」シリーズは、春章による役者絵版画のひとつの到達点を伝える作品である。そこには人気俳優の特徴が、扇型の画面にあわせた半身像でとらえられており、ほどなく喜多川歌麿によって本格的に導入される、いわゆる大首絵の形式の先駆的な要素を持つ。すでに春章は、安永六年(1777 年) の「東扇」で初代中村富十郎演じる歌舞伎の娘道成寺ものをあらわしたほか、三代目瀬川菊之丞のそれを描いているが、この絵ではこの演目の道具立てをもちいながら歌舞伎俳優の姿を当世美人へと置き換えている。満開の桜の季節、道成寺の鐘の下でわずかに身体を反らせるようにして立つ女性の半身像は、扇面の上弧に沿うようにポーズをとる先述の役者絵版画の構図から直結するものだ。

 「東扇」の間倍判などとはくらべるべくもなく物理的に大きくとらえられた人物には、顔貌にまつ毛や頭髪を細かな筆致で描き込み、また着衣にも波千鳥や車輪松などの模様を丁寧にほどこす。署名の位置から、画面の切り詰めを疑う必要はない。いわゆるC 型の花押を持ち、天明三年(1783 年) から同七年(1787 年) 頃に描かれたと思しいこの絵が、制作当初から女性の上半身だけをとらえることを企図していたとすれば、その発想は歌麿がはじめて打ち出した美人画の新機軸を予見するばかりか、まさにそれを先取りしていることになる。