LOT.120

Léonard Foujita (藤田 嗣治)〈1886-1968〉
女の子

  • 作品カテゴリ: メイン洋画
  • 24.0×19.0cm
  • キャンバス・油彩・額装
  • 左下にサイン
    / 東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付
  •  
  • 予想落札価格: ¥6,000,000~¥9,000,000

【作品について】

 正面をまっすぐと見すえ、真摯なまなざしを向ける少女を描いた今回出品作は、セピア調の色彩や濃密な筆致から、藤田嗣治によって太平洋戦争中の1940 年から1945 年あたりに描かれたものと推察される。乳白色の下地や繊細な描線で知られる画家にとって異色ともいえる本作の表現は、戦時中にしか見られないものであり、当時の画家の制作をものがたる貴重な1 作である。

 少女は金髪と淡い色の瞳の西洋人なので、戦時下の日本にいた藤田が実在のモデルを前にして描いたものとは考えにくい。さらに画家は戦中から戦後にかけて、白布のヘッドピースをかぶり、前髪もしまって髪を後ろで束ねて首の横から流す、本作と特徴のよく似た少女の絵を、細部や画風を変えながら複数枚描いているので、少女は画家の想像から生まれた存在ともいえるだろう。そして、少女の大きな瞳は無垢さを伝えながら、面差しはなにかを語りかけるように静かで、戦争という混迷のなかにいる画家の思いを考えさせられる、深い印象を感じさせる。

 藤田の主要なモチーフといえば、裸婦、猫、子どもがあげられるが、少年少女を題材とした作品に力を入れはじめたのは、1950 年にフランスに戻ってからであった。それ以前については、藤田が初めてパリに渡った1910 年代からたびたび描くものの、肖像画など現実に即したあどけない表情をした作品が多い。1930 年代には南米やアジア、日本各地を巡り、現地の子どもたちの姿を残しているが、それらは旅先で出会った人々の記録として側面も強いだろう。しかし戦後に描いた子どもたちについて、画家は以下のように語っている。

「私の数多い子供の絵の小児は皆私の創作で、モデルを写生したものではない。この世の中で見た小児の印象は忘れずに画の中に取り入れる事もあるが、本当にこの世の中に存在している子供ではない。私一人だけの子供だ。私には子供がない。私の画の子供が、私の息子なり娘なりで一番愛したい子供だ」

 画家の理想であった子どもたちは、可愛らしさをそなえつつ画家の意思を代弁するような大人びたまなざしをもつ。そのような子どもを描くようになった背景には、静穏な平和への希求と、戦争によって傷ついた画家の心を慰めていたことが偲ばれる。

 今回出品作は戦時中あたりに描かれたと考えられるため、戦後の子どもの作品とは画風や表現は異なる。しかし、画家が思い描いた幼い姿に、自身の心の内を重ねたような描写は似通う点も見受けられ、両者には近しい意図があったと見ることもできるのではないだろうか。そうであれば本作は、戦後の画家を代表する子どもたちの絵の萌芽ともいえるような1 作である。