LOT.194
土佐派
源平合戦図屏風
〈作家・作品について〉
「祇園精舎の鐘の声……」の書き出しで知られる、平安時代末期に栄華をほこった平家と、鎌倉幕府を興す源氏の戦いを描いた『平家物語』は、琵琶法師の語りを通じて貴族から庶民にまで広まり、鎌倉時代以降のさまざまな芸術分野に多くの影響を与えた。
絵画においても、南北朝・室町時代に六曲一双形式が成立し、屏風全体を使った大画面の屏風絵が発展すると、『平家物語』に材をとった作品が盛んに制作されるようになった。とくに合戦の場面が好まれたために、現在それらは『源平合戦図』とも呼ばれている。
現存する源平合戦図屏風に多いのが、名高い「一の谷の戦い」と「屋島の戦い」を右隻・左隻に表した一双のもので、今回出品作はその典型的な作例のひとつである。
本作では、両合戦に関わるさまざまな場面が金雲からのぞき、『平家物語』で語られるエピソードを細やかに描くとともに、大画面でくり広げられる戦場のスペクタクルが表現される。
右隻で中央に大きく描かれるのは平氏が福原に置いた陣屋で、大部屋と庭に武者たちが集い、右上の建物には御簾の奥に坐す安徳天皇と、控える母の建礼門院と祖母の二位尼、総大将の平宗盛の姿が見える。
その陣屋の右側では、源氏の主力が攻め入る生田の戦いなどが展開する一方、画面上方からは平氏の陣営の裏手に向かう源義経や弁慶らが姿を現わす。猟師の親子の案内で断崖の上に出た義経たちは、絶壁を馬で駆け下る「鵯越の逆落とし」で敵の意表をついた。
挟み撃ちにされた平氏は敗走し、画面左側では「敦盛」の場面が表される。源氏方の熊谷直実が敵を探していると、馬に乗って海に入る平氏の武者を見つけて「敵に背を向けるのは卑怯である」と呼びかけ、武者が陸に引き返す。この後、直実は武者が16 歳の少年であった平敦盛と知り、憐れに思い助命しようとするが、他の源氏の武者に囲まれたなかでは逃げられないと泣く泣く討ち取る、『平家物語』の名場面の一幕につづく。
左隻の屋島の戦いでは、画面右上から左下にかけての対角線にそって、海上に逃れた平氏と浜辺に迫る源氏が対峙し、陸の金地と海の群青の対比が鮮やかに彩られる。
画面中央部にあるのは、平家方から女官が乗った小舟が現れて、竿の先につけた扇の的を射させようとする「扇の的」の場面で、両軍が注目するなか、弓の名手・那須与一が矢を放ち、見事に扇を射抜いた瞬間が表される。そのほかにも義経の弓流しなど『平家物語』の各エピソードが配され、物語に則りながら各場面が大画面のなかでひとまとまりとなって、ダイナミックな合戦図が展開する。
本作は、江戸時代の宮廷絵師を務めた、温雅で精緻な画風をもつ土佐派の絵師の手によるものと見られ、鎧の細部まで描きこまれた描写なども見逃せない。
壮大な構成と緻密な表現が融合した本作は、源平合戦の世界を味わうことのできる、充実した優品といえよう。